いつか聞いた話のつづき

今日も小説を書いて考える

目をつむれば

 アキネーターが私やあなたのことを当てるより前に逃げださない? どこに、ってどこでもいいよ。ぜんぜん知らないとこならなおいいけどね。海とかは普通にいこう。とんびだウミネコだって空をかき回している輩に名前のない海にさ。コンビニで買ったソフトクリームが手のひらの温度でくにゃっとしなび、泡立った波頭の白さが似てくる海にさ。

記憶をもって旅にでた私たちってとてもきれいだ。だれも脅かさない、だれも踏みにじらない、そういうものとしての覚悟がにじみでているんだ。そんなことは無理だというやつは干物にしてしまえ。干物のうえでカラカラ回る吹き流しで切り刻め。本当はぜんぶ自分のため。っていう俯瞰はだれへの目配せか?

傷口は殺菌するよりも洗って風にさらすほうがいいのだといつ知ったよ? 私はおすすめにでてきた。雲が低く垂れこめている。二本の腕がつながっているみたいなシルエットで。温かいね、すべすべとしている、と指の肌をよわくこするとあなたが翻ったレースのカーテンみたいに笑う。泣き叫んで変えられた世界はいつの間にかしぶとくなったね。そのぶんだけ私たちの背も伸びたけど内面はぬいぐるみのころのままだよな。ガソリンスタンドの間隔がだんだん長くなる道をいこう。暗いものはさっきトランクにしまった。

 昼のつづきが夜だってこと知ったよ。ずっと起きてたからね。だれも起きかたを教えてくれなかったけどあなたとしたトランプのルールだけはたぶんだれかに教わったものだよね。あなたにかけた毛布のはじっこをにぎっていた。埃のにおいはどこか甘かった。光る気配のない電灯、カーテンレールの蜘蛛の巣。目をつむればすぐつぎの旅だ。

 私たちはおそらくいつまでも呼ばれないだろう。巨大な待合室は白い壁紙にチューリッピの凹凸。とっくに帰った産婦人科医。警備員のライトは猟犬の目。私たちは手をにぎっていつまでも呼ばれないだろう。呼ばれることに特化した彼ら彼女らはするどい凹凸。さげすむのでもなくむしろ応援されるのだろう。その背中を押す手が、歩みを加速させる手がなにか殺そうとも。

 山か谷かどっちも見たいが正解だと緑の畝が言っている。雲のかたちに黒ずんだ森。たえず動いて水分をふくんだ空気は分岐する。カーブの先に中華そばの赤い看板があるね、あるよ、あった、もうない。

 あなたになりたい私と私になりたいあなたはくっつきあっているのだけども背中のこわばったふたつの肉体はおなじように弧をえがき、おなじように穴をもち、ひとつになれない、今日にかぎらず、永遠は証明できなくともたぶんずっとそうだろうと思う。ただおなじ記憶をもつことが私とあなたを唯一むすぶ。笑った泣いた怒ったとかが。えぐいきついエモいとかがずっと。

 日暮れの田んぼにでっかい電柱が刺さっているのを撮った。泣いているとあなたの両手が花びらを持ってくる。ひらいて、風に舞うひとひらずつに光は吸いこまれていく。どこでだってねむれる。目をつむればすぐつぎの旅だ。