いつか聞いた話のつづき

今日も小説を書いて考える

恋の主語はいつも裸足で(短歌)(笹井宏之賞落選作)

垂直に伸びた空 午後のバス停で行き先もないほんとうの旅

無自覚なドレスコード 天国で一番売れた音楽の話

五月までいったカレンダーを捨てた 夏は光と嘘と水です

懐かないまま死んでいったパグのこと つよく押すと疼く親指

特に伝えたいことのない電話「最近風がつよくないですか?」

レシートに印字されない生活を君と送った二度とない冬

具体的未来像とか決めたとき私たちは終わりだと思う

グッバイラーメン、そんなもんあるかってあいつのことはずっと好きだろう

夢のなかだれが私に触ったか 冷えすぎて味のしない林檎

真夜中、ハイツの端っこでさわぐ 腸捻転のような激しさ

個展には一番好きな絵がなくてポストカードを買って帰った

町中のショートパスタを集めてこい ただひと鍋のソースのために

浜辺にて拾ってみればゴミだった恋の主語はいつも裸足で

ショップにて新たな罪を買うだろう 優しい色の柔らかな布

立ち食いはなにかに怒る静けさで ぐつぐつ茹だるずぞぞと啜る

とりあえずベンチプレスを置いておく 毎日がバースデーなあなたに

さよならはすでに私の手を離れ 河から海へ魚の腹へ

それはただ愛ゆえのことだったから 無垢な獣の爪あとなぞる

ビルの影 引き連れられた雲の群れ 羊飼いの男の子は今日も

見慣れないスーツ姿のあなたには路上のマジシャンは見えないらしい

この街は僕のものではありません 美形の鳩はパンをついばむ

金曜日あなたによく似たTシャツに舌打ちされたの思い出してる

美しいものはみな見えない雨に打たれているのだ声もあげずに

黒板の隅に描かれた相合傘もう十年も使い回しの

私いまめっちゃスイマーきてる、と言う高校生たちは嬉しそうに

生きることそれは810円の良いスウェットに出会うということ

濁点のごとき心を遊ばせて 水辺にはまた知らない鳥が

変な声で鳴く鳥と僕のちがいとは地味な臓器が多いかどうかか?

右を見て左を見てまた右を見てどうやら僕は死ぬのがこわい

天竺で知り合った人が連れてってくれたお店は荻窪にもあった

腹がへる第3惑星地球にてクリーチャーのような私

彼は見た一瞬とはいえ水面を彼女は走った 夏の午後だった

新しいフォルダにはただ「恋」と付け100KBの青いパンケーキ

歩道のない道路を跨ぐ老人が渡りきるまで見ている朝

あの人は繋がってないイヤホンでなにかを聴いてる回送電車

笑ってるあなたをクラリネットごと抱きしめた 空はカーテンの向こう

ラーメンの汁だけ残る そんなとき君の不在を思い知るのだ

君の傘借りて帰った翌朝の空に意外と似合う花柄

本日の日替わりメニュー僕たちは終わらない歌をうたおう定食

この歌も車の仕組みも知らないで走らせている海辺じゃない町

神様がとなりに座った「侘しい」と呟いて新宿御苑で降りた

褒めないで死んでしまったあの人を いまさら好きになっても遅い

鳥の軌道ひとつとってもイメージのとおりにいかぬ素晴らしき世界

飲み会の帰りに少しへこんでるくらいの温度で明日もいきたい

暮れなずむ街に似合うと立たされて失意で白髪頭のカーネル

いますぐに何かでありたい衝動に焦がされていく町は夕暮れ

レンズ越しにいいねと君がいう顔二度と再現できない気がして

改札でだれかの松葉杖を見たそれぞれの生が当たり前にある

鳩たちが啄むそれはたぶん紙 神様が置いた手紙でもなく

君たちが映画を観ているその間 惣菜売り場に奇跡が起きた