いつか聞いた話のつづき

今日も小説を書いて考える

『首』 (古賀コン4応募作品)

  一度でも一緒に行ったことのある場所では、やかましい。リュックも開けてないのに、中で律雄の首が喋りだす。
「懐かしいねここ。前は最上階にボーリング場あったけどもう無くなった?」
私は黙れよ、というつもりで無言で肘をリュックに当てる。律雄は無反応だった。
「ゲーセンはまだあるのか。なんか昔、一日中メダルゲームしたことあったよね。いくら使ったんだっけあれ」
実家の周りで一番大きなショッピングモール。律雄と何度か来たことがあるのを完全に忘れていた。ここまで来ても、なんとなく気恥ずかしくて実家には寄らなかった。一日中メダルゲームをしていた日は本当はふたりで実家に行くつもりだったのだ。いやいや、こんなこと思いだす意味ない。
「うーわっ、本屋もなくなったのか。時代だね」
生首が時代を語るなよ、と思う。
私は、アカチャンホンポを目指していた。甥っ子が兄夫婦に連れられて実家に来ているらしいのだ。なにをあげたらいいのか全く分からないけれど、なにか口に入っても大丈夫なおもちゃにしようとだけ思っている。
「子供欲しかった?」
律雄の声に思わず足が止まる。
「真緒のそういう気配はさすがに分かってたよ。友達の子供の話とかさ、『私だったら耐えらんない』とか言いながらなんか楽しそうなのと、いつも早口で話題変えるから」
「黙って」さすがに声がでる。ちょうどすれ違った若者が、一瞬私を見たのが分かった。
「別にあなたに関係ないから」
律雄は無言だった。肝心なときに黙る。謝ることができない。
  アカチャンホンポで、骨付き肉の偽物を買った。律雄がこれって犬のやつじゃないの?  と口を挟んだけど無視した。
  駐車場へと繋がる通路のベンチに座った。喧騒が少しだけ遠くなった。時々ベビーカーの家族連れや上下ジャージの怖そうなおじさんが通ったりする。さっき買った桃のジュースを飲む。舌の根元に張りつくような甘さがよかった。
  これでも律雄はだいぶ小さくなった。最初は五体満足な律雄がついてきていたのに、手足がなくなり胴体がなくなって、ついに生首になった。でも生首になってから、やかましさが少し増した。
「誰かと付き合わないの?」
律雄が言った。
「キモいからやめて」
「俺は普通に暮らしてるよ」
「知ってる」
「知ってるの?」
「佐敷さんに聞かされた。この前、研修で一緒で」
「そっか」
ジュースを飲み干した。
「幸せになってね」
私は言った。なんとなく、ゲップの代わりみたいにそんな言葉がでて、自分でも少し戸惑う。
「・・・・・・ジュースと甘いお酒ばっか飲むの体によくないよ」
「うるさいって」
杖をついたおじいさんが通りかかってベンチの端に座った。私は立ち上がる。また喧騒の方に歩きだす。
「実家に連れてったことなかったでしょ」
私が言うと、うん、と声が返ってくる。
「律雄と結婚とか、最初から嫌だったんだよね私、多分」
「マジか」
「今日初めて敷居を跨がせてあげるけど黙ってて」
律雄は返事をしない。さっきまでよりリュックが軽くなった気がする。フロアにj-popが流れている。全然思い出のない曲だった。