いつか聞いた話のつづき

今日も小説を書いて考える

持続可能なわたしたち

降車ボタン押さずに寝てるふりをする ここから先はずっと好きです

足下を照らすライトにはなれないけれどせめてそれの電池に

「無茶苦茶なこのやりとりを無意味だと思う人とは気が合わないね」

詰め替えた直後のJOYを気前よく使ってしまう、みたいな愛だ

いつまでも往復書簡のつもりでいる
仏壇に藤井風のアルバム

君の熱とセトリを並べてはただ同じ気持ちでいたいという欲

お礼を言うたびにこちらこそがつづきこのまま骨になれればいいや

真夜中の路地を横切る名もないけもの月の光を吸いこむ

君と会ったあとの世界が少しだけきれいにみえることをLINEで

なんの略だったか忘れたけど私たち持続可能なふたりでいたい

宣誓もファーストバイトもしないけど終わることない祝祭の日々

平行なひこうき雲に横線を引いてあみだでランチを決める

空のひび

「品性、」とシノブがいった。「あんたに足りないものそれは品性」語尾が気だるい、それはいつものこと。怨み言をいいながら死んでゆく女中のようなねばつき、と彼女をたとえたツカサが「それは知性」と訂正する。「どっちでもいいけど図書室に来たことないなんて話にならない」「すんません」私は首をすくめる、という慣用句を思い出しながらそれをする。ああ私は今日もやってる。皮一枚かぶって、してる。人生を。
 図書室には私たち三人しかいなかった。辺りはおじさんの上着みたいなにおいがしている。あと日射し、つよい。「春だー」窓の外に梅の木がある。昨日卒業式があった。カバチさんから送られてきたLINEに卒業証書と梅の花があったのを思い出している。「そんなことはどうでもいい」シノブが舌打ちしそうな勢いでいった。「持ってきたの?」「持ってきた」「持ってきたよ」それぞれが鞄のなかをがさごそする。私は小さいジップロックに入った『犬の尻毛』を机に置く。「お隣さんがすごく親切な夫婦で、愛犬がいてすごくうんちが臭いの。あれはなにを喰わせているのかね」ふたりに無視された。ツカサが円筒状のケースを取り出す。「それ見たことあるー」私はそのケースを指差した。カメラのフィルムが入ってるやつ。ツカサは頷いて「ヤモリの心臓」といった。私とシノブは目を合わせた。笑った。腹を抱えるシノブ。私は手をたたく衝動を止められない。ツカサは真顔だ。ケースの壁面にべとっと潰れたそれが心臓であるのか正直分からない。笑いが収まるのを待って「うちの北側の壁によくいるから」という。「ナイスー」涙を拭きながら親指を立てる。「で、マナツの」と疲弊した表情のシノブが机に付箋を置いた。黄色の細長い付箋にはマナツの筆致で『ひえーっ』と書かれている。ぐっと空気が縮こまる。
 マナツが去年の八月に死んだこと、いまでもその八月二十日は無かったことになっている、記録が。暑い夏だったねとかいいたくない。塗りつぶしてしまいたくない。それで、こんなことを始めたんだ。
「マニエ、ドゥサ、ゲビラ」シノブが伏せた顔の前で印を切る。鉛筆で書いた六芒星の真ん中に付箋が、その両脇に『犬の尻毛』、『ヤモリの心臓』。「マニエ、ドゥサ、ゲビラ」ツカサがいう。印は切らない。「マニエ、ドゥサ、ゲビラ」私のいい方が一番様になっていない。
 私はその日カバチさんといた。空調の効いたカバチさんの部屋。高校生で独り暮らしという環境に恋して、付き合ってセックスをした。カバチさんの部屋はお香のにおいがしていた。セックスしている最中はサイレントなので、終わってスマホを見て、LINEが入っていてマナツのことを知った。あ、セックスの前にサーティワンのアイスを食べた。雑貨屋さんでTシャツを買った。買ってもらったのか?カバチさんはお金持ちの子なので。カバチさんはなにがあったのかなんて聞かない。私は勝手に喋った。死んだって。だれ? えーと、っていってそのまま黙った。
「これはアフリカで古くから行われてる儀式で、死者の蘇生の儀式な。『マニエ』は風、『ドゥサ』は土、『ゲビラ』は雨」
六芒星を書いて」「供物をささげるのね」「印を切る」「印を切るって格好いい」「いんをきる」「はは」。三人で考えた儀式の真ん中で、マナツがひえーっていってる。このひえーってなんのひえーっなのか?だれも憶えてない。

 なにも起こらなかった。起こっていたのかもしれない、どこかで。でも私たちの目の前にはなにも無かった。無いまま。

 校門をのろのろと抜ける。自販機でペプシを買う。「そういえばこないだ怖い話聞いた」「あれだろ、自販機のなかにゴキブリ」「えっマジでそれなんだけど」「やば」石が落ちていたので蹴飛ばした。カーブミラーのそばに転がった。私たちがゆがんで写る。車。「あぶな」「カバチさん、車持ってるんよ」「たはー、金持ちやばいな」「BM」「よく知らんけど高そう」「ドライブ行こう、免許とるから」「いつの話だよ」「それまで付き合ってたらでしょ」「大丈夫。相性良いから」品性だよ品性、お前に足りないのは。シノブがいった。
 あの日私は普通に泣いた。泣いても泣いても涙が出た。ふたりはさ、あの日泣いたの?ってことが聞けない。一番聞きたいのはそういうことなのかもしれないのに、どうしてさ、そういうことほどお互い触れられない。テーブルにひとつ残ったケンタのチキンみたいに冷えてかたまったそれを、胸に宿しているだけ。
「別に絶望とかじゃ全然無く、」とツカサがいう。「うちの親、別れるかも」「うぇっ」「経済的にどうなのそれ」「知らないよ」突然シノブが「空割れろ!」という。「なにそれ」「分かんないけど、なんかこう、いまをすべてぐちゃぐちゃにしてほしい」「エッチな話?」「馬鹿め」「分かる。いっつもそれを待ってる」「あー」
 ねぇ、すべては繋がってる?なんかそんな気がしてしまった。空が夕焼けに染まろうとしていた。終わりそうで終わらない一日というか。いまが八月二十日みたいだった。

パラレルの朝(短歌)

小説のなかにあなたを投げだして私は次の小説を書く

どうやって帰ればいいかわからない駅で降りたい 記憶を消して

パソコンをマックにすればなにもかもうまくいく可能性はある

アバターを見ればあなたがわかります」と言うあなたはだれなのですか

ふざけんな私がどんなにエロくても相手は選ぶと彼女は言った

穏やかな振替乗車の案内に悲哀はこれっぽっちも無いのに

「すごかった」知らない人の伝説を聞かされながら飲む緑茶ハイ

紙煙草 いまどきメールアドレスを聞いてくるやつがあるか、と笑う

お金さえ払えばどこまででも走る電車があれば明日乗るのに

「非日常」を求めた先にも「日常」があるのだ無人販売の芋


「最善を尽くしております」YouTube見てる時みたいな顔して

ログインも落とした覚えもないゲーム「眠った女は組み伏せられる」


私から見えないだけでパラレルに朝を受けとる人たちがいる

隣人が月を見ながらベランダで吸った煙草のにおいかもしれない

恋人の少し掠れた裏声が聴きたいだけのリクエスト曲

知りたくはないことだって知ってたい 掬った川の水が痛くて

恋の主語はいつも裸足で(短歌)(笹井宏之賞落選作)

垂直に伸びた空 午後のバス停で行き先もないほんとうの旅

無自覚なドレスコード 天国で一番売れた音楽の話

五月までいったカレンダーを捨てた 夏は光と嘘と水です

懐かないまま死んでいったパグのこと つよく押すと疼く親指

特に伝えたいことのない電話「最近風がつよくないですか?」

レシートに印字されない生活を君と送った二度とない冬

具体的未来像とか決めたとき私たちは終わりだと思う

グッバイラーメン、そんなもんあるかってあいつのことはずっと好きだろう

夢のなかだれが私に触ったか 冷えすぎて味のしない林檎

真夜中、ハイツの端っこでさわぐ 腸捻転のような激しさ

個展には一番好きな絵がなくてポストカードを買って帰った

町中のショートパスタを集めてこい ただひと鍋のソースのために

浜辺にて拾ってみればゴミだった恋の主語はいつも裸足で

ショップにて新たな罪を買うだろう 優しい色の柔らかな布

立ち食いはなにかに怒る静けさで ぐつぐつ茹だるずぞぞと啜る

とりあえずベンチプレスを置いておく 毎日がバースデーなあなたに

さよならはすでに私の手を離れ 河から海へ魚の腹へ

それはただ愛ゆえのことだったから 無垢な獣の爪あとなぞる

ビルの影 引き連れられた雲の群れ 羊飼いの男の子は今日も

見慣れないスーツ姿のあなたには路上のマジシャンは見えないらしい

この街は僕のものではありません 美形の鳩はパンをついばむ

金曜日あなたによく似たTシャツに舌打ちされたの思い出してる

美しいものはみな見えない雨に打たれているのだ声もあげずに

黒板の隅に描かれた相合傘もう十年も使い回しの

私いまめっちゃスイマーきてる、と言う高校生たちは嬉しそうに

生きることそれは810円の良いスウェットに出会うということ

濁点のごとき心を遊ばせて 水辺にはまた知らない鳥が

変な声で鳴く鳥と僕のちがいとは地味な臓器が多いかどうかか?

右を見て左を見てまた右を見てどうやら僕は死ぬのがこわい

天竺で知り合った人が連れてってくれたお店は荻窪にもあった

腹がへる第3惑星地球にてクリーチャーのような私

彼は見た一瞬とはいえ水面を彼女は走った 夏の午後だった

新しいフォルダにはただ「恋」と付け100KBの青いパンケーキ

歩道のない道路を跨ぐ老人が渡りきるまで見ている朝

あの人は繋がってないイヤホンでなにかを聴いてる回送電車

笑ってるあなたをクラリネットごと抱きしめた 空はカーテンの向こう

ラーメンの汁だけ残る そんなとき君の不在を思い知るのだ

君の傘借りて帰った翌朝の空に意外と似合う花柄

本日の日替わりメニュー僕たちは終わらない歌をうたおう定食

この歌も車の仕組みも知らないで走らせている海辺じゃない町

神様がとなりに座った「侘しい」と呟いて新宿御苑で降りた

褒めないで死んでしまったあの人を いまさら好きになっても遅い

鳥の軌道ひとつとってもイメージのとおりにいかぬ素晴らしき世界

飲み会の帰りに少しへこんでるくらいの温度で明日もいきたい

暮れなずむ街に似合うと立たされて失意で白髪頭のカーネル

いますぐに何かでありたい衝動に焦がされていく町は夕暮れ

レンズ越しにいいねと君がいう顔二度と再現できない気がして

改札でだれかの松葉杖を見たそれぞれの生が当たり前にある

鳩たちが啄むそれはたぶん紙 神様が置いた手紙でもなく

君たちが映画を観ているその間 惣菜売り場に奇跡が起きた

熱海の自転車

 三か月前になくなった私の自転車が熱海で見つかった、とお母さんに電話があったのが昨日の夜のこと。こういうとき取りにいかなきゃなんだって、と警察から説明されたお母さんが私に言った。どうしよっかという空気になって、お母さんと私、どちらからともなく「明日行っちゃう?」と提案していた。学校があるのに、仕事があるのに、休んで自転車を取りに行っちゃう? なんだかちょっとわくわくして、普通の木曜日、お母さんとふたり熱海に向かった。
 車の中では私のiPhoneをカーステレオにつなげて音楽を聴いた。ときどきお母さんが「これ誰?」「これなんて曲?」と訊く。「言ってもわかんないよ」とか言うと「あーそうですかそうですか」なんて言って大げさにため息を吐くから、私もお母さん自身も笑ってしまう。行く道の半分くらいは海沿いを走った。少し窓を開けるとボボボボと風が暴れているのが聞こえた。海はずっと奥の方が微妙にまるくなっているのが本当に好きだ。
 ちょうど眠くなってきた頃に熱海に着いた。海が見える駐車場に車が停まり、ドアを開けるとやはり少し風がつよい。ウインドブレーカーのチャックを閉めながら「お腹空いた」と言ってみる。お母さんがスマホを見ている。せっかくだから海の物食べよう、海鮮丼とかき揚げ丼どっちがいい? と訊かれた。「えー二択なの?」と言いながらもかき揚げを選ぶとお母さんは先に立って歩き始めた。坂を登り、カーブした道路に面したお店に入った。
 和風な店内の小さな席に着き、特製かき揚げ丼を頼んでから、「仕事休んで平気だったの?」と訊いてみるとお母さんは「まぁね」とテレビの方を見ながら答えた。湯呑みに口をつける。ほうじ茶の濃い匂いがする。お茶はかなり熱く、湯気を吸ってるのかお茶を啜っているのかよくわからない感じがした。特製かき揚げ丼のかき揚げは余裕で丼をはみ出す大きさでお母さんと「うぇー?」とか「やばー」と声をあげて笑った。お母さんが写真を撮りたがったので、私ので撮って送ることにする。お母さんのスマホで撮ると画質が悪いのだ。
 ふたりともほぼほぼ完食して店を出た。お腹がいっぱいだった。お店の少し先にお土産屋さんが並ぶ商店街があったけど満腹でお父さんへのお土産を選ぶ気にもなれなかった。「もうこれでよくない?」と店の外に並んでいる十個入りのお饅頭を指さすと、お母さんも「あーいい、いい。おいしそ」と適当なことを言う。
 本当は大きめの会議があるの、と海へ向かって坂を下りながらお母さんが言った。お母さんの嫌いな上司が来る日でさ、だから思い切ってサボってみた。私は「へー」と言い、少し恥ずかしそうなお母さんの横顔を見る。お母さんを毎日見てるけど、少し顎のラインが丸くなったと思う。どうしてもダメなときは逃げな、と私を見て言う。私は、そのどうしてもがむずいんだよなと思いながらも、
そうだよねと呟く。 

 駐車場の先、コンクリートの階段の下から砂浜になっている。もっと海の近くまで行きたかった。風を受けながら半分だけの貝殻とか木の枝、干からびた海藻を踏みつけて歩いていると、孤独な旅人になって荒野を進んでるみたいだった。波からまだ少し距離のあるところで横を見ると、十メートルくらい離れて白髪頭で顔の小さいおじいさんがしゃがんでいた。透明な袋からなにかを取り出している。おじいさんは立ち上がり、こちらを見てにこりと笑って袋から取り出したものを海の方へかざした。するとバダバダバダと頭の上から音がして、私は思わず身をすくませた。それが羽音だと気づいたときにはおじいさんの手元に白というか灰色の鳥たちが集まっていた。鳥たちがおじいさんの手のひらを忙しなくつついている。
「嘘でしょ」私は思わずつぶやいた。こういうの鳩でなら見たことあるけど。
「やってみるかぁ?」おじいさんがまた私を見て言った。見かけより大きい声を出す人だ。
「なんですか、なんの鳥ですか?」私も大きめの声で訊く。「わからない!」おじいさんは答え、更に餌を取り出そうとして、今度はその袋ごと鳥に狙われた。また一羽増えた鳥でおじいさんの上半身はよく見えなくなった。
「怖くないんですか?」と訊いたけどおじいさんは答えなかった。答えているかもしれないけど鳥と波と風で聞こえない。
「なにしてんの」といつの間にかお母さんが後ろにいて、私の腕を引っぱった。おじいさんからどんどん遠ざかっていく。「なにあれ」
コンクリートまで戻ってからお母さんが言った。私はへらへらと笑ってしまった。お母さんもちょっと笑っている。それから「ああいうときだよ、逃げるのは」と言った。
 自転車はどうも誰かに盗まれ、乗り捨てられたらしい。警察に案内された大量の自転車置場に私のもあり、鍵がないのとタイヤの空気がかなり減っていたけど故障はなさそうだった。横浜からここまでチャリでってこと? 私は呆れたけど、同時に「その発想はなかった」と思った。考えてみれば陸は続いてるんだからどこまも行けるはずだった。なんか少しだけ安心する。
車まで持っていく途中でお母さんが「乗らして」と言った。三万年ぶりに乗ったみたいにふらふらしてて笑う。空が青く膨れた風船みたいで、海はまた別の青さでしぼんでいる。目を戻すと、百メートルくらい先でお母さんは止まって私を待っていた。
あそこまで行ったら、めちゃくちゃ好きな人とめちゃくちゃ嫌いな人がいることを話そうかなと思った。話さなくてもいいけどとも思う。
いまはどこからかカレーの匂いがしている。路地でもないのに不思議だ。

28

 大好きなバンドが解散を発表したその日のうちにおれは東京を見限り故郷へ帰ることを決めた。実家に電話すると母が出て唐突に「おれ帰るわ」と告げると「ほうしい(そうしなさい)」と言われ実家に戻れることが決まった。

 大した荷物もない部屋は数日で片付いたし、荷物より少ないこっちでの友達はおれの帰郷報告を聞いて「へぇ」となんの感情もわいてなさそうな顔でただ頷くのだった。

 引っ越しの軽トラックを見送ってから電車に乗り故郷へ向かった。中央線沿いの景色は正直ぜんぜん変わらないぜという気持ち。十年前、大学入学を機に上京した時のことが脳裏を掠める。東京初日、コンビニがマジでコンビニエンスな距離にあることに感動してその駐車場に座りこんで缶チューハイを何本も飲んだんだよな。いまも昼間なのにおれの手のなかには缶チューハイがある。あの日の缶チューハイと今日の缶チューハイどちらも美味い。いや正直もうアルコールとは美味いかどうかなどと吟味するような距離感ではないのだけど。

 中央線で甲府、そこからローカル線で一時間ゆられ、故郷の駅に着いた。正月にも帰ったし正直感慨とかはないのだけど、今日からまたここがおれの最寄り駅になるのだからちょっと感慨したくて駅舎を見ながら腰に手をあててまた缶チューハイを飲んでいた。

 そのときロータリーにワゴン車が一台入ってきたと思ったら選挙カーだった。「あおまるたもつ、あおまるたもつをよろしくおねがいいたします」と声が流れる。そういえば衆議院選挙近いんだった、と思いながら頭のなかで「あおまるたもつ」の文字列がくるくる回る。あおまる、たもつ。

 うわっ、と思った。あおまるたもつってあの青丸保かよ! とっさに選挙カーの方に振り向くとその車体には青丸の顔がでかでかとあった。おれは瞬間的に猫背をさらに丸め、顔を俯かせて車にはおのれのななめ後頭部を見せながら通り過ぎようとした。スライドドアの開く音が聞こえて、だれかが降りてきた気配があった。

「よろしくお願いします!」

 スピーカーを通してではなく、生の明瞭な声が聞こえた。どうもおれの方を向いて発せられた言葉に思えた。しかし無視して行こうとするといつの間にか声の主はおれのすぐそばに来ていたらしく「政策だけでもご確認ください!」と紙をおれに見せようとする。声には聞き覚えがあった。完全にそうだった。

「あれ……」青丸はそう言って「もしかして……ポンセ?」と訊いた。

「いや、」とおれは言ったけど立ち止まり一旦相手の顔を確認した。

 そこに青丸保がスーツを着て白いたすきをかけて立ってた。角刈り大工みたいな頭と濃い眉はマジであの頃と変わらなくてゲロが出そうだ。

ポンセ! 久しぶりだなー! なんだよ帰って来てたのかよ!」

 青丸がおれの肩をバンバンと叩く。秋だというのにそこはかとなく汗のにおいがしてくる。おれは「あぁ、まぁな」と答え半笑い。

「おれ出んのよついに国政」青丸が言う。「国政」おれは反芻してしまう。「そうよ国政!やったりますわ」と握りこぶしを見せてくる。「がんばって」「まぁとりあえず俺の政策見て電話でもちょうだいよ」と言われ押しつけられたチラシを持ったまま、おれは駅前からフェードアウトする。

 

「なーにが政策だよハゲ」

 ヤガイがそう言って飲んでいたビールのジョッキを青丸のチラシの上に置いた。ずっとこっちで暮らしているヤガイと連絡がついてよかった、と思った。道路沿いにポツンとあるこの居酒屋は家族連れのお客もいて、結構にぎわっている。

「親父が議員だったからいつかやると思ってたけど。基本的に世襲って有権者舐めてるよな」

 めちゃくちゃ偏った意見だと思うけどすごい言ってくれるからこいつ神、と思いながらおれもチューハイを飲む。

「高校のときも生徒会長やってたよな」と俺が言うと「やってたやってた、マジ権力大好きマンすぎて引くわ、キモいわマジで」気持ちいい。

 

 なんか外の空気を浴びたくなり、ふたりで居酒屋を出て近くのコンビニの駐車場に座りこんだ。ヤガイはビール工場で働いているという。「なんで帰ってきたの?」と訊かれ、「あそこにはなんにも無いって気づいたわ」と答える。「ほえ」とヤガイは煙草に火をつける。時々車が通るとき以外は耳の中でリーンと鳴るくらい静かだ。

「まぁここにもなんにも無いけどな」とヤガイが言った。

「そんなことないと思うけど」とおれが応えると顔の前で手を振って、「なんかどいつもこいつも狭いコミュニティであくせくして、いつだって近親相姦みたいな町だよ」と言う。なんかかっこいいことを言うな、と思った。

「でもお前が帰ってきたのは嬉しいわ」と言ってヤガイが立ち上がった。すたすたと歩いていく。コンビニのガラスに青丸のポスターが貼ってあった。「俺たちの手に取り戻そうぜ」と言いながら、酒を持ってない方の手で無造作にポスターを剥がした。

「ちょ、」おれは動揺し言葉に窮していた。コンビニのなかには店主のおっさんがいるはずだ。見られただろうか。ヤガイが道路の方へ走り出した。おれも走って追いかける。道路には民家が並び、シャッターの下りたレトロな感じのスーパーがあり、セメント工場があった。バッコンバッコンと心臓が鳴り、ヒューヒューと喉も鳴った。川が見えてきて、石だらけのその河原に下りた。ヤガイが座りこみ、おれは寝ころんだ。星は思ったほど見えないのがおれの故郷だったわと思い出した。

 

 おれはヤガイと同じビール工場でいろんな国出身の労働者に囲まれながら働き出した。解散したバンドのことは実はそれほど好きでもなかったと最近は思う。青丸保は当選した。当選した後に初めて青丸の政策に目を通したんだけど普通にいいこと言ってて感動した。次の選挙は応援したい。

お墓の前でハグをする(短歌)

描きかけのグラフィックアートにはまたここに集う若者の夜が

東京にいながら京都で人を殺すあとはトリックを考えるだけ

朝起きてケンタウロスになっていて今日の出社は難しいです

クラムボンも爆笑するレベルだろシャリシャリとした舌ざわりがある

ゼッケンに書かれた「MIZUNO」が名前だと思ってたのがいまの彼です

想像の五倍の悪意がこの世界なので検索するのはやめる

あの人「いつ死んでもいい」って言ったけど私がいるのに死ねるの悲しい

消えてしまうことより置いてかれることが嫌なんだ波の花を蹴る

淡々と番号札で呼び出され崖から飛んでいくような日々

あの頃好きだったバンドのホームページ見たよボーカルが代わっていた

それはまだインクが出るか確かめるためだけに書いた手紙であった

青く澄んでいないのが僕で赤黒く滲んでいるのが東京タワー

日記には書かれていないことがある お墓の前でハグをしたこと