いつか聞いた話のつづき

今日も小説を書いて考える

たまに踊ってる

 西田マキというひとが「あの夏」って名前のプロジェクトを始めたときには私はまだ彼女のことを全然知らなかった。彼女の楽曲を知ったのは日比谷のTOHOシネマズで映画を観た後に行った本屋で「コールミーコールミー」という曲がかかっていたからで、少しハスキーでアンニュイな歌声とシンセサイザー?の効いたサウンドがとても好みだったからだった。それが「あの夏」の曲だと教えてくれたのは一緒に映画を観に行った男だった。天井の方をちら、と見た私の仕草をちゃんと見ているのが凄いなと思った。でも同時に初対面でそんなとこまで見てるなんて怖い、という気持ちもあった。さっき交換したばかりのLINEに彼がYOUTUBEのリンクを貼ってくれた。この曲だよ、って。そのあと行った九州料理の居酒屋で私はその動画を見た。あの夏こと西田マキは黒目が大きかった。「アイドル」と「アーティスト」の狭間にいるみたいな感じがした。

 そういえばその彼(ホンゴウさん)とはその日別れたきりで、二度と会わなかった。やっぱりちょっと怖い、の方が勝ってしまったのだ。

 

 事務なんかよく続いてるね、と言われた日の夜、私はヨドバシカメラで冷蔵庫を買った。本当は持って帰ります、と言いたいくらい即日で欲しかったのだけど、冷蔵、野菜室、冷凍と三つも扉のあるそれを持って帰ることは不可能だった。一週間ほどで届くとのことだったが、一週間後に冷蔵庫に執着がある可能性は低い。ヨドバシのポイントがだいぶ付いた。つぎ来ることがあるかな、と思うと疑問だが黒いカードは財布のなかに一応入れておくことにする。    事務なんかよく続いてるね、と言った男と食べたステーキが胃のなかにいつまでもいた。男は小さな設計事務所をしていると言っていた。でもそんなこと半分も信じていなかった。お店を出たところで肩に触られそうになり、動物的反射神経で避けた。そのまま場は白け、男はひとりで飲むからと言って繁華街の明かりのなかに消えたのだった。アパートに着き、廊下からリビングへと歩きながら服を脱いでいく。実家にいる頃母親に散々注意されても直らなかった悪癖。転々と脱ぎ捨てられた洋服たちが抜け殻のように見える。そのままシャワーを浴び、全身をくまなく洗う。今日がぜんぶ流れていくようにくまなく。

 風呂上がりに発泡酒を開けてローテーブルの横に座りこむ。テレビをつける気にはなれず真っ暗な画面をぼやっと見ながら飲む。昔のブラウン管なら黒い画面に自分が映りこんだものだけど、液晶の画面は光を吸い込むばかりで私が映らない。スマホで音楽を再生する。自分のプレイリストからあの夏の『トロル』が流れてくる。恋をする女の子が怪物に飲み込まれていく最後のサビが終わるのと、缶が空くのがほぼ同時だった。

 

 わたしたちはいつもどうしてこうなんだろう

 思い込んでも思い込んでも

 同じゆめを見ることができない

 

 会議室の準備に手間取っていた。レジュメにぬけたページがあり、その場で4人がかりでホチキスを外し、紙をはさんでまたホチキスで留めた。ペーパーレスにしろよ、と嵯峨根さんが毒づく。そうしたら私たちの仕事は減ってしまうということを考えながら手を動かした。いつか私たちみたいな仕事が機械にとって代わられたら、私たちはどうやって生きていったらいいんだろう。レジュメが完成したのは会議の十五分前だった。あたしたちの昼休み返してくれ! とぼやきながら嵯峨根さんたちが部屋を出ていった。ひとりになると部屋のなかには換気扇のまわる音しかしなくなった。窓の外を見るとビル群の上空は晴れているが、少し遠くに灰色の重たそうな雲が見えていて、夕方頃から雨なのではと思われた。

 

 「『あの夏』はこの夏をもって活動を終了します」という情報をSNSで知った。西田マキ本人の直筆と思われる字で書かれていた。「いくつかの夏を、『あの夏』と一緒に駆け抜けてくださった皆様に感謝します」「でも西田マキは活動を辞めるわけではありません」「いつかまたちがう形で、皆様とお会いできればと思っております。本当にありがとうございました」季節は六月に入っていた。私は彼女のホームページを眺めたあと、YOUTUBEで彼女の動画を見た。コメント欄には早くも活動終了を悲しむファンの姿があった。まだ終わってないけれど、ほとんど終わったようなものだった。

 

 週末、冷蔵庫が届いた。大きかった。配達スタッフがふたりがかりだった。こんなに大きい必要あっただろうかと思う。スタッフの男性がポケットから紙を取り出し、そこにサインをした。紙と一緒にポケットから白いタオルが覗いた。青いつなぎからはほんの少し汗のにおいがしていた。冷蔵庫の電源を入れ、数時間後に開けてみる。なにも入っていない各部屋が、しっかり冷えてきていた。発泡酒をある程度買いだめしても大丈夫だ、肉も野菜も小分けにして冷凍できるから、月初めに多めに買っとこうか。考えながら子供の頃、冷蔵庫の扉を閉めたあとの冷蔵庫のなかは絶対に見られないことや、鏡に背中を向けた自分の姿は絶対に見られないことなどを考えていたことを思い出した。

 

 会議室の後片付けをひとりでやることになった。少し前から嵯峨根さんたちは私のことを疎ましく思っているようだった。理由なんかなんでもよく、それは生理みたいなものなんじゃないかと私は気にしないことにしている。レジュメをまとめ、お茶を捨て、テーブルを拭いていく。廊下をだれかの笑い声が通り過ぎた。レジュメでうっすらと指を切った。血は表面張力なのか傷から少しはみ出す程度で流れてはいかなかった。窓の外を眺めていて、あ、と思った。見下ろした交差点の広告があの夏になっていた。

「『あの夏』はこの夏で終了します。」

 私はそれをしばらく見つめた。昨日見たミュージックビデオの、西田マキのステップを踏んでみたくなった。私にできるだろうか? 扉からだれも入ってこないことを確認して足もとを見つめた。旋律を思い出し、膝で拍をとる。右、右、左と足を出した。体が重い。三十路を迎えて少し太ったかもしれない。もう一度、右、右、左。

 

拍手はいらない

思い出のなかでくりかえす

幻のステップで

時を越えた

時を越えた